特集

季節の野菜通信 vol.6

季節の食材をより楽しむため、郡山ビューホテルの松岡シェフが連載する「季節の野菜通信」。 今月は年越しそば、おせち料理についてお届けします!

今年も後数週間で新年を迎える時期になりました。

山々の木も色鮮やかな紅葉から、すっかり冬支度を始めました。街なかには、色とりどりのLEDライトのイルミネーションであざやかに飾られ残り少ない今年を演出している今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

これから控えているクリスマスイベントや、新年を迎えるための大掃除等で忙しい毎日をお過ごしではないでしょうか。今回は今年最後のコラムになりますので、今までのお話してきたことを振り返りながら進めさせていただきます。

前回は、各国のクリスマスについて少しですがお話しさせていただきました。クリスマスも大切なイベント行事かもしれませんが、日本人ならこの後に迎える大晦日やお正月の方がもっと大切な日ではないでしょうか。クリスマスにおされ、日本伝統文化が薄くなってきてしまったように感じるのは私だけでしょうか。年越しに食べる「そば」、新年に食べる「おせち料理」もう一度、食育と伝統文化教育を考えてみませんか。

「年越しそば」で金運アップ

なぜ「そば」を年越しに食べるようになったのか、その由来について色々と説がありますが私の一番好きな説は、次の説です。

年越しそばを食べることが広まったのは江戸時代の町人の間で始まったといわれています。細く長いそばの様に長寿を願ってといわれていますが、金細工職人が仕事場に飛び散った金粉を、そば粉を練っただんごで集めたことから「そばは金を集める」という縁起のよい意味もあったそうです。

一年間の最後の日に食べる年越しそば、新しい年に良いことが起こるようにという思いをこめながら家族全員でゆっくり食べたいものですね。

「お正月」は「おせち料理」で新年を祝おう

お正月は、年神様を我が家にお迎えして祝う新年度最初の大切な行事です。これからも、日本の伝統文化「お正月」の風習を大切に受け継いでいただきたいと心から思います。では「年神様」とか「正月神」とも呼ばれる神様って、どんな神様だと思いますか。昔の人は先祖の霊が田の神や山の神になり、正月には年神となって子孫の繁栄を見守ってくれるのだと考えていたので、沢山の幸せを授かるために年神様をお迎えしてお祝いする行事になったそうです。なぜ、「おせち料理」なんでしょうか?「おせち料理」はもともと季節の変わり目の節句に神様にお供えした料理でありましたが、新年の正月が一番重要な節句であることから「おせち料理」といえば正月料理をさすようになったそうです。「おせち料理」はお供え料理であり、また家族の幸せを願う縁起物料理でもあります。

五穀豊穣・子孫繁栄・家族の安全と健康などの祈りをこめて、山の幸・海の幸を盛り込んだ料理ですが、近年の「おせち料理」は見た目や、外国産の食材などが盛り込まれるようになり「おせち料理」本来の意味から少し離れてしまったような気がします。やはり、日本伝統の「おせち料理」ですので、節句にちなんだ食材や料理が入っている物が良いですね。そして、元旦から家族全員で一年の幸せを願いながら食べるのが、食育につながり、伝統文化の教育につながるのではないでしょうか。

次に「小正月」とはどんな日でしょうか。旧暦の正月にあたり、元旦を「大正月」と言うのに対して1月15日を「小正月」と言いますのは、みなさんは知っていると思いますが、地方によっては元旦に多忙だった女性をねぎらう日ということで「女正月」と言う地方もあるそうです。ではなぜ「小正月」に餅花を飾って豊作を祈願して小豆粥を食べ無病息災を願うのでしょうか。小豆のように赤い色の食べ物は邪気を払うとされている物で、今でも祝い事に赤飯が出されるのはこの様な意味があるからだそうです。

〈豆知識〉
おせち料理の重箱の段数は、基本は四段重なんです。上から順に一の重・二の重・三の重・与の重です。四段目の重箱を「四の重」と言わないのは「四」が「死」を連想させ縁起が悪いとされるからだそうです。

「どんど焼き」で無病息災

最近ではあまり目にしない「どんど焼き」小正月ならではの行事ですよね。どんど焼きの火にあたったり、焼いた団子を食べれば、一年間健康でいられるなどの言い伝えもあり、子供の頃は楽しみにしていました。日本には沢山の行事ごとや節句があります。伝統と文化、そして食育をこの機会にもう一度見直して、楽しい新年にして行きたいですね。
松岡 正 松岡 正

郡山ビューホテル株式会社料理長 群馬県出身、1987年より前橋東急インホテルに勤務。1990年からフランスで1年間修行をつみ、1991年高崎ビューホテルへ勤務。2000年から郡山ビューホテルへ勤務し、2006年には現職に就任。フランス料理会の名誉とされる日本エスコフィエ協会ディシプルを受賞し、現在に至る。